2017年06月10日

小早川隆景公供茶式と法要 米山寺にて

隆景公千人茶会の前日の平成29年6月10日(土)、小早川家の菩提寺、
米山寺(垣井賢祥住職)にて三原築城450年記念の供茶式と法要が執り
行われました。法要に先立って、天満祥典三原市長より、築城450年に
際して、かつて無い大規模の千人茶会の成功とお祝いの言葉を頂きました。

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米山寺の朝


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ご挨拶される天満祥典三原市長

供茶式と法要

続いて玉壷会会長、難波宗幸氏の代理として中間隆雄氏、島田俊夫氏による
供茶式が執り行われ小早川隆景公の御位牌に供えられました。

供茶式の時、ふと本堂に、一匹の蜻蛉が入ってきました。
蜻蛉は「勝ち虫」として戦国武将に愛された武勇のシンボルです。
なんと縁起の良いことでしょうか。
隆景公が遣わして下さった蜻蛉かも知れません。


供茶式の後、法要の参加者には残茶が振る舞われました。

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供茶式の様子


垣井賢祥住職による講演「小早川隆景公と米山寺の宝物」

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隆景公は戦国歴戦の戦上手でありながら、領民に対して善政を敷いた
名君でもありました。領民の心を安んじるために、阿弥陀如来像と
行道面をつけて村落を練り歩く、練り供養を大切にしたり、三原城
一円にお寺を建立するなど、仏教に深く帰依したお殿様だったという事です。

米山寺には、大変貴重な隆景公寿像(文禄3年・原本)が収蔵されています。
寿像とは、隆景公が生前に描かれた肖像画の事で、ご本人も実際にご覧に
なられた肖像画であり、隆景公の姿を正しく伝えるものです。
賛は、大徳寺黄梅院開山の玉仲和尚によるもので、文禄慶長の役の折に
出陣した隆景公の、碧帝館の戦いの様子が漢詩でしたためられています。
難しい戦となった朝鮮の役で、隆景公は奮迅の働きであったそうです。

また、隆景公書状も収蔵されています。
豊臣秀吉の逆鱗に触れて九州へ流された大徳寺の古渓宗陳(千利休参禅の師)
が、赦免され京都に帰る事が決まった時の文です。
隆景公は、京都にいる千利休と図って、古渓和尚を九州から京都に送り届ける為に
船を用意した事などが記されています。隆景公の数少ない真筆として名高い消息文です。




そして明日6月11日は、待ちに待った隆景公千人茶会です。
席主様方の準備も万端、全国からお越しの皆さまを玉壷会会員一同、
心よりお待ち申し上げます。


posted by 玉壷会 at 19:31| 隆景公千人茶会